イギリス伝統の衣類の修繕方法、ダーニングとは?
お気に入りの服にシミが付いたり、虫食い穴があいたなんてこと、よくありませんか? 気に入ってた服ほど着る頻度も高く、洗濯の回数も増えるので、徐々にほつれてきたり、擦り切れてきたりするもの。そんな、もう着れないと諦めてた服をよみがえらせる「ダーニング」という方法が近年注目されています。ダーニングとは「繕うこと」を意味する英語で、イギリスで古くから行われている衣類を修繕する針仕事のこと。そのダーニングにイギリスで出会い、ワークショップや本の出版を機に日本にダーニングブームを起こしたのが、テキスタイルデザイナーの野口光さんです。
手芸に興味のない人はあまり聞きなれない「ダーニング」。どういったものなのでしょうか、野口さんに伺いました。
野口さん「どこの国でもそうだったように、今とは違い昔は布や衣類はとても貴重でした。人々は少ない物資の中でどうやって暮らしていくかを考え、生活に関わるほとんどのものを手作りし、壊れたら直しながら使っていました。衣類も同じで、服は家庭で縫っていましたし、ほつれたり穴があいたりしたら、当然、繕っていたのです。ダーニングはイギリスに古くからある針仕事の一つで、ダーニングマッシュルームと呼ばれるきのこ型の土台を服の修繕したい部分に当てて針と糸のみで繕うテクニックのことです。ひと昔の前のイギリスでは、お裁縫箱には当たり前のようにダーニングマッシュルームが入っていて、そのくらい一般的な針仕事だったようです」
古くて新しいダーニング
繕うというと、修繕した部分がなるべく目立たないように直したものを想像しますが、野口さんの提案しているダーニングは、繕った部分も新たなデザインとして服を再生させている、古い技術なのに新しい感覚を取り入れているいるような印象です。野口さんとダーニングとの出会いはどういったものだったのでしょうか?
野口さん「イギリスにテキスタイルデザインを学ぶために留学し、そこからデザイナーになりました。ダーニングとの出会いは、ニットを研究しているイギリス人女性を通じてでした。ある時、彼女が営む毛糸屋さんにデイスプレイされていたダーニングマッシュルームを見つけ、それが繕いの道具であること、またその場でその繕いの方法を教えてもらったのです。それまではみなさん同様、私も目立たないように直すのが繕いだと思っていたので、彼女がしていた繕う部分を一切隠さないという考えに大いに感銘を受けました。穴やシミなどから着想を得てデザインしていくという感覚は、デザイナーという職業もあって、自然に受け入れやすかったんだと思います」
転機はお父さまの虫食いだらけのマフラー
ダーニングと出会ってしばらくは、自分のものをダーニングしたりはしていたものの、本業のデザイナー業で忙しい日々を送っていたという野口さん。転機となったのは、1枚のマフラーだったそうです。
野口さん「15年前、父が私のデザインしたマフラーを購入してくれたことがあったんです。数年経って実家に帰った時、手入れが悪くてそのマフラーは虫食い穴だらけになってしまっていました。そこでそのマフラーをダーニングしてみようと思い立ち、修繕を試みたんです。完成したマフラーをたまたま見た友人が、日本でのワークショップを勧めてくれて、ダーニングを教えることになったんです。当初は3足1,000円で靴下が売られている時代に、そんな手間がかかることをする人がいるのかと言われたこともありました。でも、もったいない文化がある日本なら、さらに物がない時代を知らない若い人なら、このダーニングというテクニックを面白がってくれるんじゃないかと。私の中では直感のようなものがあったので、地道に本の出版やワークショップなどを行ってきた結果、少しずつですが認識してもらえるまでになりました」
ダーニングはあくまでも服の延命措置
繕うと言うと、1枚のものを大切に使い、気に入ったものを長く着続ける、そんなイメージを描きます。ですが野口さんは必ずしもそうではないと話します。
野口さん「ダーニングは、楽しく、気持ちよく、もう少し着るための針仕事で、あくまでも服の延命措置です。ずっとやり続けなくてはと考えると重いので、そうではなく、あと1~2回でも、ワンシーズンだけでも着れたらうれしい、そんな風に考えて欲しいです。しかもその判断を自分ができるのはうれしいことですよね。ダーニングして着てみて、納得したらお別れしてもいいと思うし、そのまま長く手入れを続けてもいいと思うんです。どちらにしても、いつお別れするかを自分でコントロールできたり、決めたりできるのは、ダーニングの良いところだと思います。穴があいてしまったから、傷んでしまったからと諦めなくてはいけないんじゃなくて、私はこれだけ手を尽くしたからと納得して服と向き合えるのは幸せなことですよね」
ダーニングに対して、少し重く考えてしまいがちですが、野口さんの言葉で軽やかな気持ちで向き合うことができそうですね。
ダーニング連載の内容をご紹介します
今回の連載では、ダーニングに使用する道具、糸などから、基本的な4つのダーニングを紹介します。どの方法も写真での解説の他に、動画でも簡単な流れを紹介していますので、針を持つのは久しぶりという方もぜひチャレンジしてみてください。連載の詳しい内容は以下の通りです。
- 1回目(今回):ダーニングとは? からスタートして、ダーニングの魅力、基本の道具、糸などダーニングの事前準備を紹介します。
- 2回目:初めてさんにお勧め、小さなシミや穴に最適な「バツダーニング」と、ゴマシオをふりかけたようなつぶつぶの針目がかわいい「ゴマシオダーニング」を紹介します。
- 3回目:タテ糸にヨコ糸を通していく「バスケットダーニング」を紹介します。ダーニングと言えばこのバスケットダーニングを思い浮かべる人も多い、代表的なテクニックです。
- 4回目:外側から丸く中心に向かってブランケットステッチを刺していく「ハニカムダーニング」を紹介します。蜂の巣のような針目が美しいテクニックです。
- 5回目:大きな穴や広範囲の布の傷みなどにも有効な当て布でのダーニングを紹介します。時間がない時でも手軽にでき、布との組み合わせも楽しいテクニックです。
野口さん「直したい場所はそれぞれ大きさや状態が違い、一期一会のものです。なので、こういう場合は絶対にこのダーニングでということは言いにくいので、どんな場面でも応用の効く、基本的な4つ方法を今回は紹介します。組み合わせたりしても楽しいので、ぜひお試しください」
それでは、ダーニングの準備を始めます
では早速、ダーニングの準備をしていきましょう。今回はダーニングのための基本の道具、道具の使い方、使用する糸について紹介します。
基本の道具
- ダーニングマッシュルームとヘアゴム:きのこ型のダーニングマッシュルームのかさ部分に、繕う箇所を当てて、柄にヘアゴムでしっかりと固定します。
- おたま、カプセルトイのカプセル:ダーニングマッシュルームがない場合は、おたまやカプセルなど丸い形状のものでしたら、何でも代用可能です。ダーニングマッシュルームと同じように、丸い部分に繕う箇所を当ててゴムで固定します。
- はさみ:糸切り用の先の細い、切れ味のいいはさみを用意してください。
- 針:今回はフランス刺繍針、クロスステッチ針を使用しています。針は使用する糸に合わせて選びます。毛糸を使用する場合は、毛糸のとじ針などでもOKです。
- 糸通し:針に糸を通す時に使用します。針穴に糸通しの輪になっている針金を差し込み、その輪に糸を通して針穴から引き抜くことで簡単に糸を通すことができます。糸を変えることも多いのであると便利です。
ダーニングマッシュルームのつけ方
布の裏側からダーニングマッシュルームを当て、ダーニングしたい部分がかさの中心になるように位置を調整します。ヘアゴムを使い、かさの根元の部分でしっかりと布を固定します。
裾や袖口の場合は・・・
ダーニングしたい部分をダーニングマッシュルームに当て、ダーニングマッシュルームが3分の2程度隠れるくらいの位置でヘアゴムでしっかりと固定します。
使用する糸
ダーニングに使用する糸は、基本的には家庭にあるどんな糸でも大丈夫です。まずは家にある糸で挑戦してみてください。ここではお勧めの糸を一例として紹介します。
- 刺繍糸:太さの違う25番、8番の刺繍糸。光沢のある美しい仕上がりになります。25番刺繍糸は6本が撚り合わさっているので、好みの本数で使うことができます。
- 縫い糸:一般的な縫いものなどに使われる糸。強度があり、どこの手芸店でも手に入りやすい糸です。
- ラメ糸:ミシンでも手縫いでも使える、ラメが入った糸です。少量入れるだけで上品で華やかな印象になります。
- 刺し子糸:刺し子に使われる綿糸。光沢がないため素朴な印象になり、どんな布にも馴染みやすくお勧めです。
- 羊毛毛糸:ダーニング後、洗濯をすることで縮絨し、糸同士がしっかりと馴染むため強度が増します。
- 蛍光色のアクリル毛糸:鮮やかな蛍光色の糸は、少し使うだけで明るい雰囲気に仕上がります。
野口さん「ダーニングは1種類の糸だけで縫ってももちろんいいのですが、質感の違う2~3種類の糸を引きそろえ(複数の糸をまとめて1本の糸にすること)て縫ったり、途中で色を変えてみたりするのもお勧め。組み合わせによって、思わぬ色合いが生まれるのも楽しいです」
まとめ
伝統的でありながら新しい、野口さんのダーニング。服とお別れするタイミングを自分でコントロールできるという考え方は、気持良く暮らしていくためのヒントになりそうです。
次回から、早速ダーニングのテクニックを野口さんに解説していただきます。初回は小さなシミや穴に最適、初めてさんにお勧めの「バツダーニング」と、襟ぐりや袖口などの縁の補修にぴったりな「ゴマシオダーニング」の2つをご紹介します。お楽しみに!